| タイトル | : 第1回ヴェネツィア音楽祭ご報告 | | 記事No | : 2566 [関連記事] |
| 投稿日 | : 2026/08/05(Wed) 20:24 |
| 投稿者 | : カーザヴェーチャ |
| 参照先 | : http://860 |
ご報告がおそくなりました。
このコンサートには、いろいろなところに仕掛けがあって、まさに新機軸で意欲的な特筆に値するコンサートだったと思います。
このサイトのフェイスブックにも書きましたが、チパンゴ・コンソート主宰の杉田せつ子さんが、コンサートの企画の一切合切、 つまり曲目の選定から、編曲、構成、パンフレットの作成と準備、茶菓の用意と、まさに八面六臂の活躍で、それを聞いただけでも サンタンジェロ劇場をホームベースに各地のオペラ劇場で興行主として活躍したヴィヴァルディを彷彿とさせます。
そもそも、この合奏団の名前チパンゴCipangoは、ヴェネツィア出身の商人マルコ・ポーロ(住んでいたという家はヴェネツィアの リアルト橋からさほど遠くないところに現存しています)が、『東方見聞録』の中で使っていた「日本」を指す言葉です。もともと 日本国という国名は、英語が国際言語の時代のJapanにあたるもので、長いことアジアの国際言語だった中国語による国名(日本人 自身は自らの国をヤマト、美称ではアシハラノミズホノクニと呼んでいました)で、中国語読みすると(リよりも強い)ジーペングォ となるので、ヴェネツィア語話者の耳にはチパンゴと聞こえたのでしょう。トスカーナ語でジパンゴを経てジャッポーネになりました。 この合奏団の名付け親は、今回も友情出演なさったマリーア・クリスティーナ・ヴァーズィさんの恩師であり、バロック・ファンには、 長いことイル・ジャルディーノ・アルモニコ(調和の庭園)のコンサート・マスターとして知られていた、エンリコ・オノーフリ氏 (Youtubeで見られますが、RV208『グロッソ・モグール』の演奏は鬼気迫るものがあります)です。なかなか粋な計らいですね。
では、どこが新機軸だったのか、順にご説明いたしますが、ちょっとその前にもう少し寄り道をします。
会場となった教会からゆるやかな坂を少し下った所に都立六本木高校がありますが、まだこの界隈一帯が丘あり谷ありの地形で、 北日ヶ窪町、龍土町、飯倉片町などの江戸から続く地名が生きていた時代、この高校は都立城南高校でした。そこの生徒だった 私は、毎朝、校門が閉められる前に滑りこもうと、六本木駅から息もつかずに必死に駆け抜けたのがこの道でした。時代は下り、 バブル経済で世が浮かれていたころ、江戸・東京に何の愛着もない京都の森資本が辺り一帯を買い占め、一大開発計画を推進。 ブルドーザーで丘を削り、谷を埋め、古径を潰し、味も素っ気もない車道を新設して作り上げたのが六本木ヒルズで、この道は 過去の街の記憶を僅かに留める生き証人。ところが、頭の中をきちんとアップデートしていなかったため、確かこのあたりには、 城南高校が毎年、身体検査や予防接種で使っていた麻布保健所があるはずだとあたりをきょろきょろ。モダンな教会が目に入らず、 三々五々集まる人々を見て、やっと「そうか、ここが会場か」と気が付いた次第。狐につままれたような思いで会場に入ると、 音響が良いからと二階席を勧められました。今様浦島のフワフワした気分で素直に従ったのですが、これが大正解。音響の良さは もちろんのこと、先に着いていた大島さん一行も二階席だったのです。
お二人に久闊を叙していると、大きなお盆に小さな袋に入ったクッキーを並べたスタッフが現れて、ひとりひとり配り始めました。 コンサート会場でこんな経験は初めてでしたが、袋に記された菓子の名前を見て二度びっくり。そこにはZalettiザレーティと 書かれているではありませんか。ヴェネツィア語の「ザ行」はイタリア語の「ジャ行」なので、イタリア語ならGialletti ジャッレッティです。つまり、Giallo(黄色)+縮小辞-ettiなので、「黄色くて小さいもの」という意味です。しかも、その横に 何とZaetiと併記してあるではありませんか。やられた!と思いました。ヴェネツィア語は綴りが二重子音であっても、発音は そうなりません。日本語に即して言いますと、「促音(詰まる音)」がないのです。もう一つの特徴が「L」の音で、舌先を微妙に 上歯の裏に充てて発音するために、ほとんど省略しているように聞こえます。ですから、Zaetiと書いてもまんざら間違いではなく、 却って本当の音に近づくのです。タイムトンネルをくぐって来たばかりの身には、二度パンチを喰らったような気がしました。 ヴェネツィアの伝統菓子は航海で日持ちする固いものが多いのですが、頂いたお菓子はさほど固くなく、味わいも抜群でした。
司会者の前置きに続いて、作品3『調和の霊感』第8番が全曲演奏されました。全曲と書いたのは、実はここに仕掛けがあるのです。 次の曲に移るかと思っていると、突然『ピエタ』の抜粋の朗読が始まりました。そして再び演奏。朗読は曲の合間だけではありません。 時には、演奏にかぶせて朗読が行われましたが、不思議なことに全然邪魔にならないのです。否、邪魔にならないどころか、話の展開に 合う曲が選択されているので、ことばの横糸に楽の音の縦糸が織り込まれていき、情感に満ちた空間が眼前に広がって行くのです。 プログラムに『調和の霊感』から1,3,4,5,6,8,9,11,12番と『アンナ・マリーアの音楽帖』からRV179a, RV267a, RV387, それに作品一のトリオ・ソナタ第5番、さらにヴァイオリン協奏曲RV250とRV390とありますので、こんな短時間に一体 どうやってと疑問だったのですが、杉田さんとしては『調和の霊感』と『アンナ・マリーアの音楽帖』、その他数曲の中から、 抜粋されたストーリーの情景にふさわしい曲を選んで、演奏会場をキャンパスに、朗読と協働する形で、ヴァイオリニスト 杉田氏流の『ピエタ』の世界を思い切り描いて見せたのではないかと思いました。使われた絵の具は楽の音であり人の声であり、 どちらも音声なので、出た端から消えていきますが、各自の心に描かれた絵は記憶として長くとどまるので、そこが実は氏の 狙いだったのではないか、などといろいろ想像をたくましくました。独奏ヴァイオリンの旋律を数人に分けてしまうのも面白く、 ぜひ、全国での公演をお願いしたいコンサートでした。
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